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mezalaのブログ

「すぎゆくアダモ」を聴く

めずらしきこと。
すぎゆくアダモ
12月19日は,作家・辻まことの忌日である。
山男・山ガールには,山岳をテーマにした画文集などで馴染みが深い作家なのだが,一般にはあまり知られていないかもしれない。ダダイズム思想家の辻潤が父だというと少し「ほぉ」ということになるであろうか。さらに言えば,大杉栄とともに虐殺された婦人解放運動家の伊藤野枝が母だというと大いに「へぇー」と思う人も多いことだろう。それはさて措き。
辻まことが著した絵本(のようなもの)である「すぎゆくアダモ」という物語がある。薄い本で,外箱ばかりがやたらしっかりしていた印象があるのだが,内容はなんとも深遠なる宇宙というべき味わい深い読み物である。小さなペン画のイラストも辻が描いたもので,飾り気はまったくないのだが妙に愛おしい。ながく絶版だったが,どうやら今年の3月に再版されているようだ。この物語を,伊藤海彦が素晴らしい脚色でラジオドラマ化している。

すぎゆくアダモ
辻まこと:原作,伊藤海彦:脚色,上杉紅童:音楽.
大和定次:効果,坂本好和:技術,大沼悠哉:演出.(NHK東京)
出演:山本学. 演奏:東京リコーダー・コンソート.
初放送:1981-08-09{ステレオ・ドラマ・ファンタジー}, 再放送:1981-11-03.
ステレオ 45分
※当初は日下武史が演じる予定だったらしい.
音楽の上杉紅童もこれまた素晴らしく,ルネッサンス舞曲とパンパイプを使った東欧民族音楽風の懐かしさあふれる曲が心にしみる。
山本學のモノローグがこれまた素晴らしいのだ。三者三様の個性が融合して,聴かせるファンタジーとなっている。
自分の音楽プレイヤーには二十タイトルほどのラジオドラマが入れてあり,聴くたびにどんどん入れ替えてゆくのだが,この「すぎゆくアダモ」だけはいつでも聴けるように入れたままにしてあるのだ。心がすさんでしまいそうになったら,ぼんやりした少年アダモが川を鮭のようにさかのぼって進むというこの物語を聴いて,自分の心も浄化しているのである。
舞台は「イスミ川」となっていて,そうなると当然千葉県夷隅郡夷隅川ということになるであろう。このラジオドラマが放送されてから数年後,新聞の片隅に小さな記事を見つけた。夷隅川に鮭が登ったというのである。これはもはや予見されていたこととしか思えない。辻まことは,山の匂いに鮭の遡上を予感したのであろうか。なかなか感慨深いものがある。