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mezalaのブログ

「千鳥」を聴く

 めずらしきこと。
 9月8日は俳優・東野英治郎の忌日である。東野英治郎と言えば,テレビドラマの水戸黄門役を思い浮かべる人がほとんどであろうと思われるほどのはまり役であった。だが,水戸光圀の好々爺ぶりとは裏腹に,それまでは悪役ばかりだった印象が強いのだから俳優の印象というのはどう転ぶかわからないものだ。
 さて,「千鳥」は舞台における東野英治郎の怪演が長く話題になるほどのものだったらしいが,舞台以前にラジオドラマとして書かれているものらしい。作者の田中千禾夫自身がラジオ名作劇場のゲストとして招かれて語っているが,舞台用の本が気に入っているのか,あるいは蓬莱泰三の再脚色があまり気に入らなかったのか,舞台の本の方がよくできているということだ。

千鳥
田中千禾夫:原作,蓬莱泰三:脚色.
鈴木康夫:効果,長谷川忠明:技術,斎明寺以玖子:演出.(NHK東京)
出演:東野英治郎,文野朋子,川口敦子,山本亘,井口恭子,可知靖之,横森久,中台祥浩.
演奏:北原浩山(尺八),矢崎顕子(唄,琴).
初放送:1974-05-11{R1文芸劇場},再放送:1987-06-21{R2ラジオ名作劇場}.
モノラル 55分
 先祖が数百年にわたって守ってきた鉱脈を湛える山と家宝の地図をめぐって,娘の恋人の地質学者を激しく憎む没落地主の当主と,娘の「不義」によって生まれた孫娘の千鳥との微妙な愛憎がさらにあやしい人間関係を生み出してゆく。村祭りのなか26年ぶりに再び姿を現した地質学者が恭順の意を示すやにわかに心変わりして,ウランを含む鉱脈の調査を命じるなど家の再興に執念を燃やすが,元小作だった村人たちの「どうせ採算など取れやせんのだ」という嘲笑に暗澹たる末路が暗示されて終わる。
 老人はほとんど目が見えなくなっており,夕陽の眩しさに気がつかないほどなのだが,自分の光と引き換えに「未来の光」である原子力に家の存亡を託そうとしている。これを悲劇と言わずして何と言うべきだろう。長崎生まれの田中千禾夫は,少々芝居が臭くなっても幻想のエネルギーを懐疑することを忘れなかったのだろうか。
 東野英治郎のラジオドラマ主演作は,「元旦日記」(1965),「箜篌を持つ楽人」(1966),「ハレー彗星ツアー」(1984)など多くはないが,昭和41年8月の丸一ヶ月間,「夏の納涼特集『恐怖の館』」というTBSラジオの特集ドラマに通しで出演している。これは大塚道子との二人芝居で,まさに「スリラー版日曜名作座」と言えるだろうか。録音など一切残っていないだろうが,どれほど恐ろしい放送だったか想像にかたくない。