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mezalaのブログ

音楽詩劇「御者パエトーン」を聴く

 めずらしきこと。
 先週のFMシアターの録音を再生しはじめたところ,番組が始まる前の1分ほどの予備録音時間に耳を疑った。
直前の番組である「クラシックの迷宮」の最後に「今日は諸井誠の音楽詩劇『御者パエトーン』をお送りしました。」と音楽評論家の片山杜秀が言っているのである,思わず番組表をにらんでしまった。
 なんという不覚。
 なんという不運。
 番組欄を見そびれた不覚,そして聴き逃し配信のない番組という不運である。以前から思っていたことだが,なにゆえに「クラシックの迷宮」のような貴重な番組が聴き逃し配信の対象ではないのだろうか。不思議な話である。

 実は,数週間前にどこかで木原孝一著の『血のいろの降る雪 木原孝一アンソロジー』(山下洪文編 未知谷 2017)が出版されていることを知り,遠くの大規模図書館から取り寄せて読んでいたところなのだ。

 木原孝一は詩人として著名なだけでなく,日本においてはなかなか浸透しなかった「詩劇」というジャンルにおいて多大な功績を残している。活躍したのは1950年代から60年代にかけてで,代表作としては,1957年に35歳という若さで芸術祭賞を受賞した放送詩劇「いちばん高い場所」であるが,音楽詩劇「御者パエトーン」で1965年に第17回イタリア賞のラジオ・モノラル音楽部門で最優秀賞(グランプリ)を獲得したことも特筆される。

 音楽詩劇「御者パエトーン」は,1965年7月26日にNHK-FMの「音楽のおくりもの」で初放送され,年内にイタリア賞受賞記念として3度ほど再放送されたのち,1985年3月21日に放送記念日特集シリーズ「海外番組コンクール・グランプリ受賞作品集」の第4回として再放送された。このシリーズではほかに「音楽詩劇・オンディーヌ」(フウケ原作),「火の山 『小磐梯』から」(井上靖原作),「愛と修羅 『源氏物語』から」(水尾比呂志脚本),「親守り子守り歌」(秋浜悟史脚本)が再放送されたが,このような珠玉の作品ばかりが放送されたにもかかわらず,「御者パエトーン」のみ録り逃したことを長く悔いていたのであり,今回は2度目の貴重な機会を逃してしまったのである。一生の不覚と言ってもよい。

 ところが,である。ネットを検索してみて判明したのだが,この貴重な音源が某動画配信サイトに上げられているではないか。それも,市販されていないLPレコードが音源のようだ。過去のオークションサイトの出品状況を見られるサイトの情報では,2万5000円という落札価格はともかく,『グランプリ受賞を記念して保存用に制作され局内の関係者のみに頒布された大変に稀少なレコードです。』との説明があり,確かに国立国会図書館でも所蔵していない超レアもの資料なのだそうである。

 著作権者の権利侵害云々という問題は残るにせよ,本来NHKが受信料を原資に制作し大きな賞をとったような芸術作品は,「宝はみなのもの」という精神に従ってフェアユースされるべきだと思うのだ。告訴等のおそれがあることを承知で公開してくれている奇特な方に,ここは感謝して聴かせてもらうことにする。LPレコードなので,盤面の波打ち歪みに起因するトレースノイズがやや気にはなるが,聴けるだけでも御の字である。「クラシックの迷宮」はどんな音源を使って放送したのだろう。気になるところだ。初放送時の番組枠は75分だったが,60分番組なので,やはりレコード音源だろうか。

音楽詩劇「御者パエトーン」
木原孝一:脚本,諸井誠:音楽.
前田直純:演出.(NHK東京)
出演:有川博,高橋昌也,大塚周夫七尾伶子塚田正昭;劇団青年芸術劇場.
歌唱:砂原美智子,栗林義信,斉藤江美子;東京放送合唱団,東京混声合唱団.
演奏:森正(指揮),秋山和慶(副指揮)/NHK交響楽団NHK電子音楽スタジオ.
初放送:1965-07-26_21:00{FM_音楽のおくりもの}, 再放送:1965-09-30_20:00{R1_[イタリア賞受賞記念]}/1965-10-05_21:00{FM_[イタリア賞受賞記念]}/1965-12-30_22:10{R1_イタリア賞受賞}/1985-03-21_22:45{FM_海外番組コンクール・グランプリ受賞作品集4}/2020-07-25{FM_クラシックの迷宮}.
モノラル 75分(再放送時は短縮)
ギリシャ神話によるラジオのための作品.第17回イタリア賞ラジオ・モノラル音楽部門最優秀賞(グランプリ)受賞.[制作関係者のみに頒布されたLP版レコードあり].
エトーンが太陽を制御できなくなってカタストロフを招くこの物語は,何かを制御できると思って失敗する人間の驕りを諭すときに繰り返し思い出されてくる寓話と言え,息子を溺愛するあまり,その無謀な行動を許さねばならなかった家庭の歪んだ愛を描く.